【特集:1960年代の黒人さんたちの底力!】 キング牧師と公民権運動


9/23 & 9/24
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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代の黒人さんたちの底力!

です。




最終回は、キング牧師が関わった運動である、Project Cとワシントン大行進についてご紹介します。

*****************************

公民権運動の中心となったのは教会でした。
政治、文化、経済面で抑圧されていた黒人にとって、
教会は感情を発散できる場所で、
自由に集会を開くことができ、
自分たちの指導者を育てることができる唯一の場所でもありました。

これまでご紹介したボイコット運動などの呼びかけも、
教会が情報伝達の場/指導的役割として機能したことで成功をしています。

また、キング牧師など多くの公民権指導者も教会を基盤に活動をしました。

キング牧師は、非暴力主義による抵抗運動の推進者でした。
キング牧師が初めて抵抗運動を導くために行ったスピーチを紹介いたします。

「長く抑圧されてきたわたしたちは、
捕囚という長い闇夜を歩くことには、もううんざりです。
しかし今やわたしたちは自由と正義と平等の夜明けを迎えようとしています。
…ここで強調したいのは、すべての私たちの行動、
まだ今夜ここでのすべての選択において、
そしてこれから先の将来において、わたしたちが何をしようとも、
わたしたちは神を前面に立てるべきだということです。
すべてにおいてクリスチャンとして行動しようではありませんか。
…まさにここ、モンゴメリーで、
将来歴史の本が書かれるとき、人は必ず言うでしょう、
『ここにはある民族が住んでいた、《縮れた毛と黒い肌》をした黒人が、
自分たちの権利のために道徳的な勇気を持って立ち上がった人々が。
そして彼らは、歴史と文明の血管に新しい意味を注ぎ入れたのだ』と」

*****************************

前置きが長くなりましたが、Project Cに関して。
人種隔離がアメリカで最も徹底された町であると評される
バーミングハムでの人種差別を撤廃させる計画に
SCLC(南部キリスト教指導者会議/キング牧師が創設した人種差別撤廃運動の団体)は
1963年に乗り出します。
この計画は、「対決(Confrontation)」の頭文字を取り、
Project Cと呼ばれました。

稼ぎ時であるイースターに商店での不買運動、
行進、シット・イン抗議を行い、逮捕され投獄された仲間を
寄付金で保釈させるという計画でした。
資金が不足すると、キング牧師自身が逮捕され、
牢獄に投獄されることでメディアの注目を集めました。

Project C 第二弾は、黒人の子供たちをデモ隊として使うことでした。
黒人の親は、抗議活動をすることによって職を失うリスクがあったため、
そのような責任を負わない子供をデモに参加させようと考えたのです。
小学校の子供も喜んで参加し、6歳以上であれば参加を認められました。

5月2日の午後1時頃、教会からデモ隊は出発し、
プロテストソングを歌いながら行進を続け、
警官が近づくと跪き祈りました。
その日の終わりまでに、6歳から18歳までの
959人の子供が留置場に連行されました。

翌日の5月3日、千五百人の子供達が学校を休み、
再度教会から出発したところ、
前日とは様子が違っていました。

白人居住地区の端に向かうと、
行く手を警官と消防士の隊列が待ち受けていました。
そして子供たちに向けて
1インチ四方あたり100ポンド(45kg)もの圧力の水を噴射したのです。
警察犬を子供達にけしかけ、
噛みつかせる場面もありました。

若いデモ隊員を警官と消防隊が攻撃する様子は、
テレビで放送され、全国に大きな衝撃を与えました。

それでも、行進の参加者は増える一方で、
5月7日までに二千六百人のデモ隊が留置場に入れられ、
留置場の数が不足する事態になりました。

これ以上の損害をうけることを心配した実業界のリーダーたちにより、
商業地区での差別撤廃と、
事務職・販売員に黒人を雇う計画が発表され、
拘留されていたデモ隊員全員が釈放されました。



1963年6月19日、ケネディ大統領は、
頻発するデモを解消するために、
公共の場においてすべてのアメリカ人が客として扱われる権利を保障する法律、
(6年間の教育を受けた者には投票権を認めるという内容も含む)を
制定するよう議会に依頼しました。

この法案を一般の人々が求めていることを示すために
企画されたのがワシントン大行進デモ行進です。


1963年8月28日リンカーン大統領の奴隷解放宣言百周年記念に、
首都ワシントンへ行進することになりました。

主催者は二千台の「フリーダム・バス」と
三十台の「フリーダム・トレイン」をチャーターして準備し、
行進には二十五万人以上(そのうち六万人が白人)が参加し、
アメリカ史上最大のデモとなりました。

リンカーン記念堂では、指導者たちによる演説が行われ、
ハイライトにキング牧師の演説”I have a dream”が行われました。


「しかし(奴隷解放宣言から)百年たった今でも黒人はまだ自由ではありません、
百年たった今でも、黒人の生活はまだ隔離の手かせと
差別の鎖でしばられ、悲しく、不自由です。
百年たった今でも、物質的繁栄の大海原のなかで、
黒人は貧困という孤島で暮らしています。

…私には夢がある。
私の四人の幼い子ども達が、いつの日か肌の色ではなく
人格そのものによって評価される国に住めるようになるという夢です。」


1963年11月22日、ケネディ大統領の暗殺により、
公民権運動は終わりを告げたかに思えましたが、
引き継いだジョンソン大統領(LBJ)が
「ケネディ大統領がそのために戦ってきた公民権法案を
できる限り早く可決することこそ、
前大統領の遺徳をしのぶ最高の記念となり、追悼となるだろう」と語り、
一年後に法案は議会で可決されました。

ワシントン大行進と、 1964年に制定された新公民権法(人種差別を禁止する)の制定によって、
1950年代から始まった公民権運動は大きな実を結んだといえるでしょう。

公民権運動は、経済的、社会的に、黒人のほうが裕福な白人よりも徴兵拒否を行うのが難しい状況のため、ベトナム戦争反対運動へと発展していきます。
本公演では、ベトナム戦争反対や公民権運動に深く関わっているキャラクターに出会えますよ(^^)
それぞれの想いや思考を持って動き回るキャラクター達に、是非会いにいらしてください!
最後まで読んでいただきありがとうございました。




【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1
②アドラーからヒッピー、そして現在でも追求されている自己のあり方!

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし
②胃袋を満たす愛はパリにあり
③戦争アイロニーはいつの時代も

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!
②流れとともに生きよ!!!
③Live and Let Live!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト
②当時ヒッピーだった有名アーティスト ②
③当時ヒッピーだった有名アーティスト ③

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in
②教育における人種差別撤廃運動!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち
①改めて、Diana Rossを紹介したい
②"Dionne"に親近感 今回はあの女性歌手

・ヒッピーの聖地「インド」について
①インドってどんな国?
②クリシュナについて

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!
①Hippie☆style その①
②Hippie☆style その②

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
①米国混乱の60年代ビッグイベント Vol.1
②米国混乱の60年代ビッグイベント -反戦運動編

公演情報 | 2017/09/16 20:00

【特集:ヒッピーだったアーティスト】当時ヒッピーだった有名アーティスト ③


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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・ヒッピーだったアーティスト

です。



第1弾で、ジミ・ヘンドリックス
第2弾で、ジャニス・ジョップリン
と、きてからの、
第3弾はっ・・・デデデンっ!!

グレイトフル・デッドーーーー!!! 

えっ?知らない?ありゃりゃ。

じゃあ、これは?
20120511_2890083.png


見たこと、あるある~♪イェー♪・・・え?ない?
バンドのキャラクター、Dancing bear です。
日本の雑貨屋でも、人形が多く販売されていますよぅ。
beanbear01.jpg


もしかしたら、日本ではいまいち認知度が低いかもしれないけれど、アメリカではそれはそれはヒッピー文化を牽引した偉大なバンドの1つとして、今だなお、熱狂的なファンが多い伝説的なバンドです。そう『デッドヘッズ』達がたくさんいるんです。

ええ?誰がいるのさ?って? 有名ところでは、アメリカの歴史に名を刻んでいる元大統領のビル・クリントンや、元副大統領のアル・ゴア。リンゴのマークでおなじみ、元ヒッピーのスティーブ・ジョブズ。ビビッドな色使いのポップアートでご存知のキース・ヘリング。シスターズアクトを見た方はご存知大女優のウーピー・ゴールドバーグなどなど、大物の中にも数多くいます。

ウッドストックでの彼らの曲調と歌声は、ジミヘンやジャニスとはちょっとテイストが違って、割とおだやかでピースフル。ライブでは、歌声で聞かせるというよりも、インストルメンタル(特にジャムセッションのような)が多いような。曲のベースはロック(当然!)やサイケもありますが、フォークやレゲエ、カントリーやジャズなど、かなり色々なものが組み合わさった複雑系になっています(後のピンクフロイドなどに通じるものが・・・個人的感想です)。

でも、彼らがすごかったのは、曲だけではなくて、その後のコンサートなどの音響技術に大きく貢献した点もあったと思うんです。

1969年頃のヘイト・アシュベリー地区ではまだまだ電気供給状況も不足しており、ヒッピー達が音楽をガンガン鳴らしているときにオチルなんて、ざらなこと。コンサートも音響が悪く聞くに耐えない状態でした。

彼らが各地で野外コンサートをするたびに多くの観客を動員していたことからも「もっと音を!」(と言ったかどうか知りませんが・・・)と、技術の発展と共に、スピーカーユニットがどんどん積み上げられていき、それは最終的に『ウォール・オブ・サウンド』と呼ばれる幅30m・高さ10m・総重量70トンというトンデモナイ巨大な音響システムへと発展していきました。そんな彼らの技術をベースに、現在の野外音響システムやノイズキャンセリング技術が身近なものへと成長してきました。

クリエイティブで、新しいことを自由に「実験」し続けた革新的なバンド。
そ・れ・が、グレイスフル・デッド。

ヒッピーといえば、ドラッグ、トリップなどのネガティブなイメージもありますが、ヒッピーの持つ「ナニモノにも捕らわれたくないスタンス」が、各方面での既成概念を打ち破り、これまでになかった新しい物を作り出していった1つの好例かもしれません。だからこそ、現在も『デッドヘッズ』達に愛されて、支持されているのでしょうね。

アーティストが音楽だけではなく、芸術・文化・思想を作り出す者達だとすれば、彼らこそ、ヒッピー文化を代表するアーティストと、言えるのではないかなと思います(嗚呼、やっと「ヒッピー文化を代表するアーティスト」のラストを飾るのに相応しい理由が出た~!)

「新しい何か」を作ってみたい、あなた☆
「新しい自分」を発掘してみたい、あなたも☆
ラブで、ピースで、グレイトフルな劇団を作っていきませんか?
トライブ一同、お待ちしています☆

出典:
デッドベアーイラスト
http://walker1989.jugem.jp/?day=20120511
デッドベアー人形
http://www.marissa-world.com/brand/brand_bear.html









【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1
②アドラーからヒッピー、そして現在でも追求されている自己のあり方!

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし
②胃袋を満たす愛はパリにあり
③戦争アイロニーはいつの時代も

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!
②流れとともに生きよ!!!
③Live and Let Live!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト
②当時ヒッピーだった有名アーティスト ②

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in
②教育における人種差別撤廃運動!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち
①改めて、Diana Rossを紹介したい
②"Dionne"に親近感 今回はあの女性歌手

・ヒッピーの聖地「インド」について
①インドってどんな国?
②クリシュナについて

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!
①Hippie☆style その①
①Hippie☆style その②

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
①米国混乱の60年代ビッグイベント Vol.1
②米国混乱の60年代ビッグイベント -反戦運動編

公演情報 | 2017/09/15 20:00

【特集:ヒッピーたちの残した名言】 Live and Let Live!


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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


・ヒッピーの遺した名言!

です。

みなさん、こんにちは!

テーマトークもついに第3弾!早いもので最終回となりました。

最後にご紹介するヒッピーの名言は“Live and let live”です。



調べてみると、どうやら英語のことわざになっているみたいで、

直訳すると「自分も生き、人も生かせよ」。

うーん、わかるようでよくわからないですよね。

live (your own life) and let (other people) live (their own lives)

と( )を補えば意味がわかりやすくなり、

「自分の人生を生き、他人の人生も尊重しなさい」となります。



他の人の考えや生き方が自分とは違っていても、それらを受け入れなさいという言葉です。

深いですね。



学校とか会社に限らず、集団生活を送っていくといろいろな価値観を持った人と出会います。

自分と違った視点をもった人と関わるのは、新たな自分が発見できるきっかけにもなるので、とても新鮮で楽しいことだと思うのですが、

ときには価値観の違いがひずみを生むこともあります。



なんとなくいらいらしたり、衝突したり、拒否をして遠ざけてしまったり…

相手を受け入れられない自分の懐の狭さを自覚して、小さい人間だなぁと自己嫌悪に陥ったり。



価値観は人を構成している根っこの部分になるので、自分と違うものを受け入れるのはなかなかパワーがいることだと思うのです。

しかし、前回のブログでも紹介しましたが、ヒッピーの思想は“あるがままを受け入れる”!

他の人のふるまいも生き方も考え方もすべて受け入れてしまうのです。



また、相手を尊重することは自分を尊重することにもつながり、

「人は人、自分は自分」

「自分も好きなように生きるから、相手にも干渉しない」

という意味でも使われることもあります。



たった4つの単語なのに、奥行のある言葉ですよね!

劇中では、tribe(トライブ)と呼ばれるヒッピー仲間の集団みんなでこの言葉を叫ぶシーンがあります。

ネタばれになりそうなので詳しくは説明できないのが残念なのですが、

この言葉の意味を知って、劇のラストの捉え方が変わりました!

観劇の際は、どんなシーンでこの言葉が使われているかにも注目してみるとおもしろいかもしれません♪



今まで3つのヒッピーの名言を紹介してきましたが、どれもシンプルな言葉なのにメッセージ性が強いものでした。

調べてみると、ヒッピーが生んだ言葉はまだまだたくさんありますし、セリフの中でもたくさん使われています。

心に響くヒッピーの言葉を1つでも見つけていただけると嬉しいです♪





【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1
②アドラーからヒッピー、そして現在でも追求されている自己のあり方!

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし
②胃袋を満たす愛はパリにあり
③戦争アイロニーはいつの時代も

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!
②流れとともに生きよ!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト
②当時ヒッピーだった有名アーティスト ②

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in
②教育における人種差別撤廃運動!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち
①改めて、Diana Rossを紹介したい
②"Dionne"に親近感 今回はあの女性歌手

・ヒッピーの聖地「インド」について
①インドってどんな国?
②クリシュナについて

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!
①Hippie☆style その①
①Hippie☆style その②

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
①米国混乱の60年代ビッグイベント Vol.1
②米国混乱の60年代ビッグイベント -反戦運動編

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【特集:1960s アメリカ映画】 戦争アイロニーはいつの時代も


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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代アメリカ映画紹介

です。


何とも涼しい晩夏ですね、こんにちは。
ついにこの60年代おすすめアメリカ映画シリーズも最終回です!

さて最後となる第3弾は、1960年代当時のアメリカを、
そして戦争社会を辛辣に描いたあの作品です。

第2次世界大戦以降、日本でも「核」という言葉は敏感に反応されてきましたが、
今から50年前のアメリカにおいても人々は寸での恐怖を感じていたのではないでしょうか。
平和とは、均衡とは、いったい何なのでしょうね…。


『Dr. Strangelove or :How I Learned to Stop Worrying about and Love the Bomb
(邦題:博士の異常な愛情 また私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』(1964)



長いタイトルです…。そして監督は、
『時計仕掛けのオレンジ』で有名なスタンリー・キューブリック氏です。

あらすじは、ざっとこんな感じ...

米ソ冷戦下のある日、米軍基地のリッパー司令官からマンドレイク副官の元へ1本の電話が入ります。

ソ連基地を核兵器で一斉攻撃する「R作戦」の命令でした。後に、この命令は司令官の狂気じみた妄想に取りつかれた勝手な独断であったことが分かり、まともな副官は必死に爆撃機の呼び戻し暗号を聞きだそうとしますが、逆に監禁されてしまいます。

全面戦争に発展しかねないこの状況を止めるため、大統領がホットラインを通じて、ソ連に対し事態の収拾を図ろうとします。

すると、その通話の中で驚愕の事実が発覚します。

「皆殺し装置」の存在です。
核攻撃に自動的に発動し、死の灰(放射能物質)を全世界に撒き散らす装置で、ソ連はこれを抑止力の名の下、開発していました。

そんなものが発動したら全人類は滅亡…!何とか核攻撃を止めなければと米大統領。そこへ現れたのがいかにも胡散臭そうなストレンジラブ博士(彼の名前はドイツ語を直訳したため、変テコです)。

しかし一方で、攻撃を言い渡された爆撃機内では、任務達成後の昇進やら勲章やらと期待に胸を膨らませていました。そして、追撃機により無線を壊されたため、必死の作戦中止命令も届かず、攻撃目標に行きついてしまいます…。


とりあえず、ほとんどすべての登場人物がまともではありません…!

自分のエッセンスは共産主義によって吸い取られている故ソ連を憎む将軍やら、興奮するとヒットラーの敬礼ポーズをとらずにはいられなくなる博士やら、人類絶滅の危機にあるのにスパイ行為を続ける大使やら。

何とも濃いキャラクターたちに笑ってしまいます。


私が特に印象に残っているのは、命令を受け高揚する機内と命令に戸惑う政府高官たちの対比です。

自分たちの名誉がかかっている指令達成に燃える爆撃機のパイロットたち。
その一方で、そんな攻撃など望んでおらずむしろ爆撃機を撃ち落としてくれとソ連に訴える高官たち。
何という戦争の皮肉でしょう。

さらに、凄いのはこんなにいかれ狂った胡散臭さMAXのストレンジラブ博士を顧問として雇っているアメリカ政府ですよ!
およおよ大丈夫なのか、こんな狂人を大国の行く末を決める相談役にしてしまうなんて…。

実は、このストレンジラブ博士、マンドレイク副官、そして米大統領はピーター・セラーズという同じ俳優さんが3役演じられているのです。この演じ分けは凄いです。

変装のおかげもあるかもしれませんが、変態博士の演技は一見の価値ありです!

この映画は、核戦争に突入し、人類を滅亡させてしまう人間の愚かさを皮肉るブラック・コメディであるようですが、私はラストが近付くにつれ何だかハラハラしていました。キューブリック監督にやられてしまいました。何故かリアリティのある近未来のようにも見えてしまったのですね。冷戦中にこのような映画をつくった監督の采配にあっぱれです。

ちなみに、当時は「映画史上最も長いタイトル」としてギネスブックにも載ったそうです。
何だかちょいちょい気になる作品ですね。



さて、これまで3作品を紹介してきましたが、60年代アメリカは、アンダーグラウンド映画が盛り上がっていた時代です。
当時を色濃く写し、印象強い作品が多いように思われます。
これからも研究を続けていきたいと思います!

そして、そんな映画たちと同じ時代を生きていた若者たちの
ハッピー・ヒッピー・ライフも、
「HAIR!」でぜひご覧くださいませ。




【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1
②アドラーからヒッピー、そして現在でも追求されている自己のあり方!

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし
②胃袋を満たす愛はパリにあり

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!
②流れとともに生きよ!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト
②当時ヒッピーだった有名アーティスト ②

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in
②教育における人種差別撤廃運動!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち
①改めて、Diana Rossを紹介したい
②"Dionne"に親近感 今回はあの女性歌手

・ヒッピーの聖地「インド」について
①インドってどんな国?
②クリシュナについて

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!
①Hippie☆style その①
①Hippie☆style その②

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
①米国混乱の60年代ビッグイベント Vol.1
②米国混乱の60年代ビッグイベント -反戦運動編

公演情報 | 2017/09/13 20:00

【特集:60年代アメリカで起こった歴史的出来事】 米国混乱の60年代ビッグイベント -反戦運動編


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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事

です。


今回は、「混乱の60年代ビッグイベント」から、HAIR!作中にも大きく関わる、反戦運動のひとつを紹介させていただきます。「反戦運動」と一口に言っても、物語の舞台となった60年代後半には、世界各国で、様々な規模でベトナム戦争反対の活動が盛んに行なわれていましたが、今回は「国際反戦デー」のきっかけとなった運動について描かせていただきます。

さて、この「国際反戦デー」、みなさんはいつかご存知でしょうか?
・・・正解は、10月21日です。反戦に関する集会が開かれることがとても多いこの日ですが、この謂れのきっかけとなったのは、1967年、ベトナム戦争に反対する人々がワシントンD.C.のポトマック川の畔の公園から、国防施設ペンタゴンまで歩いた、「ペンタゴン大行進」でした。10万人を超える人(そのほとんどが若者)が集まり、夜になってもペンタゴン前での座り込みが続くほどの大規模な活動となりました。座り込みをしていた人の中には、その場で徴兵カードを燃やしてしまう者もおり、現場の警備隊とは険悪なにらみ合いが続きました。

ここで事態を大きく変えたのが、「花」です。

警備隊がいつでも発射できるように構えた銃口に、ある若者が、手に持っていたカーネーションを一輪ずつ指していったのです。ヒッピーの「フラワーチルドレン」という別名にぴったりとも言えるこの行為がメディアによって伝えられ、世界各地の反戦気運が高まっていきました。

この後も、アメリカの東海岸で行なわれた反戦運動の中には、ペンタゴンへの行進や、ペンタゴン前での座り込みが度々行なわれたようです。(そして、HAIR!作中でも、ペンタゴンへの行進運動に参加する登場人物がいます!)

しかし、ペンタゴン大行進の規模の大きさや、若者による他の社会運動を知ったとき、「当時の若者は今の人と違ってガッツが凄いなぁ」と思っていましたが・・・
今とは比べ物にならないくらい個性が抑圧された時代を生きる若者にとって、周りの世界で起こっていることに対し、主体的に関わって、声を上げることで、自己を守ろうとしていたのかも知れないですね。





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