【特集:1960年代の黒人さんたちの底力!】 1960年代の黒人公民権運動①Sit in


9/23 & 9/24
第8回公演 HAIR!

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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代の黒人さんたちの底力!

です。


こんにちは!^^
今回の9月の本公演"HAIR!"で、黒人さんに憧れる白人の女の子 Crissyを演じます。

今日は、Crissyが興味津々な、1960年代の黒人公民権運動について、紹介したいと思います☆

そもそも、黒人(Black)の置かれていた社会的状況とはどのようなものだったのでしょうか?

少し歴史をさかのぼってみましょう。

南北戦争中の1862年9月にリンカーン大統領によって行われた奴隷解放宣言で、
南部プランテーション農園を中心に奴隷として働いていた黒人たちは、
自由(奴隷身分からの解放と選挙権)を手にしたかに思えました。

しかし、南北戦争が終わり、南部の再建政策が進められる中で、
安い労働力としての黒人を確保するため、
北部と南部の間に妥協的雰囲気(黒人を白人から切り離し、白人よりも低い位置に押しとどめること)が認められるようになります。

そんな時代背景の中、1890年から20世紀初頭にかけて、南部で黒人取締法が制定されます。
内容としては、黒人の選挙権の実質的はく奪、土地所有の制限、
人種間の結婚禁止、武器の所持や夜間外出の禁止、陪審員になれないなど。。

さらに、交通機関や学校、レストラン、娯楽施設などにおける人種差別と隔離を認める州法が法制化されていきました。
「隔離はしても平等」 ”separate but equal” / 黒人を白人から隔離しても施設が平等であれば憲法違反ではないという、
連邦最高裁判所の判決によってもこの状況が肯定されました。

また、南部だけではなく、北部の都市部で工場労働に携わる黒人たちも、差別待遇を受けていました。
彼らの賃金は安く、住居もゲットーと呼ばれる隔離された貧民街の一区域での居住に限定されていました。

このような人種差別に反対する運動は、
古く独立戦争時代から行われていましたが、
第二次世界大戦の始まりとともに、国民総動員体制を目指す連邦政府の目論見や、
黒人からの強い圧力を受けて、
各州は人種差別撤廃に向けて、制度改革を進めていきました。

それでは、黒人はどのような方法によって、人種差別撤廃を訴えたのでしょうか?
今回は、1950~60年に行われた、非暴力運動を紹介します。

例えば、バスの座席で「白人席」、「黒人席」が決まっており、黒人は白人席には座れないこと、
または白人が来た時には席を譲ることが求められていました。
これに対して、ローザ・パークスという女性が、
白人に席を譲ることを拒否して逮捕されてしまいます。
この事態に抗議するために、全市の黒人をあげてバスの乗車拒否運動を1年間続けて行い、
連邦政府から「バスの人種隔離は違憲」とする判決を勝ち取りました。

また、飲食店などでも、「黒人の注文お断り」という対応に反発するために、
4人の黒人学生が白人専用ランチ・カウンターで、座り込み(Sit in)を毎日繰り返し行いました。
Sit inは、約7万人の黒人学生と白人学生による運動として、
人種差別をしているあらゆる場所で行われ、人種差別の廃止を勝ち取っていきました。


公民権運動は、強力なリーダーシップをもつ偉人が先導していたのかと思っていましたが、
私たちと同じ普通の人々の勇敢な行動によって、
権利が勝ち取られていったことを知りました。
人種とは、平等とは、権利とは何なのか。
これからも考えていきたい問題です。

とっても長くなってしまいましたが、今回はここまで!
HAIR! と1960年代に会いに、ぜひ劇場までお越しください^^





【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
公演情報 | 2017/08/11 22:30

Look at the moon...水瓶座の満月を見よう☆


9/23 & 9/24
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みなさん、こんにちわんっ!

台風が近畿地方にも徐々に近づいています。みなさんも強風、大雨などには十分お気をつけくださいね。

まずは、8月6日のお稽古から。

いやぁ、暑い!そんな中で朝イチからイベント用メイクをして、お互いにどうみえるか詳細にチェックしました。各キャラクターの個性が炸裂です。

キャラのメイクはなかなか難しいながらも面白く、こういう性格でこういう風にみせたいから、こういうメイクをする、と頭の中で理想形を描いていても、いざ顔というキャンバスに筆をいれてみると、、、おや?、、、おやおや? 想像と違う仕上がりに(・・ガーン!Σ( ̄□ ̄;))。もっとアイラインを、、、あっ!はみ出た!じゃあ、反対側を、、、うぉっ!斜めになった!じゃ、じゃあ、太くしてみ、、、誰や、こいつ・・・チーン(T_T)。メイクはやればやるほど上達するようです(美容師の母曰く)ので、(メイクが苦手な私を含めて)地道にがんばりましょう。

その後は、夏のイベントの、歌・ダンスブラッシュアップ。歌は、キャラ濃いコンビが歌う盛り上がるあの歌とラストのあの歌。特にラストの歌はキーを少しずつ調整して、ベストな高さに調整です。1つ1つオーダーメイドなのです。初めてメイクありでのダンスは、より臨場感が増して、笑いが絶えませんでした(いい意味で)。

ちょっと遅めの昼食後は、Hairの歌やダンスのブラッシュアップでした。お稽古毎に本番に近づいていくのを感じます。歌は音やリズムを再確認。ダンスは、これまでの復習に加えて(既に汗だく)、Hairの中で最も激しいダンス、と言われていた部分を新しく習いました。曲のテンポが早いからか、汗だく度数も半端ありません。このダンスだけでTシャツがびっしゃびしゃになるほどでした。そこまでになるともう、暑い・・・とか汗が・・・とかいう不快感は軽々と超越し、漢らしく「爽快ナリ!(キッパリ)」という心境です。今は習いたてでアップアップの超短期記憶ですが、これをキャラとしてダンスできるようになるためには、脳の長期記憶、小脳の運動回路として定着させることが必要です。反復練習あるのみっ!(* ̄∇ ̄)ノ

更に、帰り道の風の強さ(台風が来てるので)を受け、肌で自然を感じ、上がり始めの月(8月8日は水瓶座アクエリアスの満月ですよ!)を見ながら、Look at the moonと何度となくつぶやき (え、怖?)、ヒッピー気分で帰路につきました(あ、ダメ?)。嗚呼、閑話休題。

最近のブログのラストの写真がHairモードとなり、サブリミナルにみなさまの意識の中にHairキャストのイデタチが刷り込まれているかもしれませんね。本番を見てくださった際には「あっれえ?なんか、この人どっかでみたことあるなぁ」とボンヤリ思っていただけたら嬉しいです♪ヽ(´▽`)/。

さて、今日のテーマトークは、こちらっ!!
当時ヒッピーだった有名アーティスト 其の壱】

ヒッピーとロックミュージックは切っても切れない繋がりがあります。その象徴が1969年8月15~18日にかけて行われた「ウッドストック・フェスティバル(Woodstock Music and Art Festival)」ではないでしょうか。このアメリカで行われた大規模な野外コンサートは単なる音楽イベントではなく、ヒッピー思想を持つ若者が集うビーインとしての集会でもありました。ヒッピーな音楽は、反戦色の強いフォーク、dragの幻影を見るようなアシッド・ロックが中心で、このフェスは30組以上のアーティストが参加して、40万人以上の観客が集まった歴史に残るイベントになりました(DVDになっているので、興味のある方はぜひ!何度もDVDを見ていますが、スケールが違います!)

さて「当時ヒッピーだった有名アーティスト 其ノ壱」ですが、このフェス参加されたアーティストから紹介しましょう!

1人目は、超超超有名アーティストっ!そして、フェスの大トリを飾った、この方だぁっ!!

   Jimi Hendrix!!ギュュィィイイイン(←ギター音ww)(σ≧▽≦)σイェェェェェイ

日本では、ジミヘン(平板読みw)、と呼ばれるこの御方は、現在もギターの神様と崇められています。見かけ、ファッション、ドラッグ、生き方、何もかもがヒッピー文化のどまんなか。もちろん当時から神様です。ギターを歯や背中で弾き(神!?)、アンプをレイプし(えっ?)、ギターを燃やす(!)という所業を為し、これまでの「演奏」の概念すら覆し、ギターをサイケデリックサウンドに発展させた黒人の神様です。

さて、そんな神様の御技をちょこっとご紹介します。このウッドストックのフェスは当初17日に終了する予定でした。しかし、途中で激しい豪雨に見舞われたり、ハプニングがあったりと、でどんどん進行が遅れ・・・ようやくラストのJimi Hendrixが出たのは、18日の朝9時・・・前日に終わってるはずが・・・。すでに帰ってしまっていたお客さんも多く、残ってたのはたったの2万5千人(1万人という説も)程度。生まれてもなかった私からすると「帰っちゃったアンタ、ホントもったいなかったよ(怒・涙)!!」

フェスでの彼の演奏はいつもどおりに衝撃的でした。ギターの音が耳から入ると、グラングランと頭の中から揺すられるような感覚になります。新曲(Message To Love)から始まり、数曲(Spanish Castle MagicやVoodoo Childなどなど)を演奏してからの・・・あの!伝説のっ!(//∇//)!

Star Spangled Banner(星条旗)!!

誰もがおなじみのアメリカ国歌、星条旗ですが、Jimi Hendrixの手に掛かると、輝かしい国の象徴であろう星条旗が、どんどん様子を変えていきます。

そう。まるで音が映像を創り出していると言う感じでしょうか!?目をつぶって、聞いてみると・・・国歌が徐々に形を崩し始め、ギターの音色が爆撃音となり、戦闘機が墜落していき、空襲から逃げまどう人たちの悲鳴が鋭い高音になって耳を突き刺します。マジリアル。Jimi Hendrixの即興演奏によって、国歌がここまでボロボロな姿に変えられたのは、彼に溢れんばかりの反戦の思いが滾っていたからだけではなく、ベースに流れるLove & Peaceの思想があったからではないでしょうか。

彼は「When the power of love overcomes the love of power the world will know peace」とも言っています。ヒッピーを始め、皆の愛の力を信じているから、自分の持てる才能を発揮して、全力で批判も侮辱もする。演奏している彼の表情を見ると、そんな気すらしてきます。18日の朝は大雨の後の泥だらけ、多くの観客が帰った後のゴミだらけ、の中のJimi Hendrixの演奏でしたが、その光景と相まって、参加していないのに心をぎゅぅぅぅぅっと鷲掴みにされたギターでした。さすが御技。その後は、超有名曲、Purple Haze、と数曲でフェスは終了。

そんな非凡な神様は、27歳で他界。デビューからたった4年。若っ!早っ!ああん悔しいっ!(?)彼が駆け抜けた人生は濃密ゆえに短かすぎたのかな、と凡人の私には思えました。でも、もしかしたら彼はサイケデリックな世界で、彼を知る人の心の中で永遠にヒッピーとして生き続けるのではないか?と思うと、逆にその人生は思いのほか長く、やはり凡人を超越した存在の神様なのかもしれません。彼曰く「Music is my religion」・・・嗚呼、確かに。
〈其ノ弐に続く〉

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【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
稽古場日誌 と テーマトーク | 2017/08/06 22:34

【特集:ヒッピーたちの残した名言】 Power to the People!!!


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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・ヒッピーの遺した名言!

です。


こんにちは♪

9月の本公演「Hair!」の舞台である1960年代のヒッピームーブメントに関連して、

今回は私の演じるキャラクターの台詞にもある、ヒッピーの名言について紹介したいと思います。



第1弾は“Power to the People”

日本語では「人々に力を」、「民衆に力を」、「人民に権力を」などと訳されることが多いですが、その言葉通り“革命”の代名詞として使われていたスローガンです。



そもそもヒッピーたちは、伝統的な社会や制度に縛られた生活を否定していました。

その思想が、ベトナム戦争への反戦運動、徴兵拒否の活動へとつながり、

自然と平和と愛と自由を愛し、人間として自由に生きることを主張するようになりました。



不満を持った若者たちが、自由に生きるために社会に反抗し、自分たちの理想のために行動を起こすときの合言葉が“Power to the People!”でした。



社会を変えるためには、実際に行動にうつさなければいけない。

社会を動かす力を持っているのは、国家ではなく、その国にいる私たちなんだ!というメッセージが込められているように思います。



と、ここまで難しいことをいいましたが、

つまりは、思春期の子どもが親に反発するのと似ているのかなぁと思います。



漠然とした将来への不安、親や学校、社会への反発・・・



誰もが一度は経験したのではないでしょうか。


家や学校に縛られる人生になんとなく嫌気がさし、反抗し、自由を求めて新しい世界を求めていく姿は、

時代背景が異なるものの、ヒッピーたちの自分たちの理想を求めて社会に反抗する姿と重なります。




ちなみに、1971年にジョン・レノンが“Power to the People”という曲を発表しています。

革命をテーマに、改善を求めるのなら実際に行動に移せというメッセージ性が強い歌です。

労働者階級や女性の人権の改善に向かって立ち上がれという歌詞で、直接反戦には触れていませんが、

ひとりひとりが団結して社会を変えていこうというメッセージは、ヒッピーの思想に通じるところがありますね。




現在でも、企業や支援活動の理念として掲げられていることも多く、

新しい未来への可能性を感じさせる、パワフルな言葉ですね!



私たちも個々の力を合わせて、素敵な舞台を作りあげられるように、全力で公演まで突っ走っていきたいと思います!





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①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!

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・1960年代の黒人さんたちの底力!

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・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事

公演情報 | 2017/08/04 22:30

【特集:1960s アメリカ映画】 走る若人に悔いはなし


9/23 & 9/24
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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代アメリカ映画紹介

です。


「HAIR!」の舞台となっている1960年代当時のアメリカは、どんなものだったのでしょう…。

公民権運動?ベトナム戦争?学生運動?


そんな時は、「時代の鏡」である映画を観て想像してみませんか?

ということで、3回シリーズで、私からは「60年代オススメ!アメリカ映画」を紹介しながら、当時のアメリカに想いを馳せていけたらなと思います。


(紹介にあたり、かなりの主観が入っている場合がありますが、ご了承ください…)



第一弾は、マイク・ニコルズ監督による「The Graduate」(1967)です。邦題は「卒業」。

1960年代後半から盛んになったアメリカン・ニューシネマを代表する作品です。

映画冒頭に流れる、テーマ曲Simon & Garfunkelの「Sound of Silence」が有名です。




大学を卒業し、人生に悩んでいるある裕福な家庭の青年のお話。


奨学金を獲得し、大学では陸上部のスターであり新聞部の部長もつとめたベンジャミンは大学卒業を機に、実家に帰ってきます。

そんな彼を両親やその友人等周囲は称賛の嵐で迎える一方、ベンジャミンは周囲との接触を避け、何だか憂鬱です。

彼は、将来に何をしたいかと聞かれても答えられず、自分の人生について悶々と考えているようです。


どこかで聞いたことあるような悩みだなあ…(笑)



すると、そんな彼を、父親の友人の奥さんであるロビンソン夫人が誘惑してくるのです。


いやもう、強引にその流れに持っていこうとする夫人にあっぱれ…!としか言いようがない。「闇が怖いから家の中まで来て頂戴な」「クラッチバックをお風呂場にいる私のところまで持ってきて」なんて、巧みな言葉でまだピュアな心を持とうとするベンジャミン青年をぐいぐいと誘ってきます。



結局は人生に悩む彼の心の隙間に、夫人の誘惑がうまく入ってきてしまい、二人は情事を重ねてしまいます。

それを契機に、彼は毎日を流れに任せて以前よりも怠惰な生活を送るようになってしまいました。



ある日、ロビンソン夫妻の娘、エイリーンが休暇のため家に帰ってきました。

両親の勧めを断り切れず、ベンジャミンはエイリーンをデートに誘います。


夫人から絶対にダメと言われていたのに、彼女を好きになってしまったベンジャミン…。


しかもその母親と不倫しているのに…。




どろどろや…。





エリート家庭で育ち、人生を遊ぶことを知らない純粋なベンジャミンが、怠惰な人生を送ったり、恋愛一直線な生活を送ってしまったりと、彼の真っ白なピュアさは、人との出会いにより染められている感じです。



といっても、彼にはもともと「自分がしたいこと」がなかったというのもあり、周りの大人たちに惑わされ続けているのかもしれません。当時の若者たちもベンジャミンのように、大人たちが作りだしてきた時代の流れに翻弄されていたのでしょうか…?




また、この映画では、カメラワークも面白くて彼の孤独感を表すのに一役買っている気がします。

彼のドアップだったり、潜水服の中の彼目線で撮っていたりと、周囲との距離・温度差を感じさせるシーンが何度かあります。



この映画が製作されたのは、ベトナム戦争の真っ最中です。


それを考えると、「青春の愛の物語」という見方に加えて、大人たちへの反抗を描いた若者たちの「反戦映画」としても観ることができるかもしれません。ラストシーンの若い二人の表情には、将来への不安が浮かび上がっているように感じます。




悩める青年ベンジャミンは、若かりしダスティン・ホフマンが演じています。


とにかく彼は、作品の後半、生まれ変わったかのように一つの目標に向かって生き続けます。


もしあなたが何かに悩んでいる時、そんなひたむきな彼の姿から元気をもらえるかもしれません。

以前観たことある方も、もう一度観てみるとベンジャミンの真っすぐさに心揺さぶられるかも…?



いつの時代も世間に抗うことは、なかなか一筋縄ではいかないものですね…、なんて。



それでは、第一弾はここまでです。第二弾をお楽しみに!





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・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介

・ヒッピーの遺した名言!

・ヒッピーだったアーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事

公演情報 | 2017/08/03 23:00

【特集】 ヒッピーって何者!? vol.1

さて、今回から始まる
テーマトーク。

1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?

です。


ところで
ヒッピーといえば
どんなイメージを
思い浮かべるでしょうか?

・カラフルでゆったりしたファッション

・長髪で汚らしい格好

・ドラッグや不特定多数の性愛関係などの快楽に溺れ、節操の無い人たち

・自己逃避、モラトリアム

・ラブ&ピース

いろいろなイメージを
抱くかもしれません。

しかしこれらは
あくまで
外的なイメージ。

個人的な見解に過ぎませんが
彼らはひとえに
「人としてどう在るべきか」
「人間としてどう生きるか」

を追求し続けた文明人

彼らの生き方や姿勢を
知れば知るほど

現代の我々にも
多くのヒントや気付きを
与えてくれるもの
じゃないのかな?
と思って見ています。

今回は導入として
ヒッピーとはなんぞや?
の部分を
ザックリですが
紹介したいと思います。


の前に…

そもそもヒッピーって
どういう意味?


ヒッピーの語源は
黒人さんたちの言葉の

”Hip”

からきていると
言われています。

Hipは今で言う
Coolに近い言葉で

”イケてる”

という感じの意味です。

もう少し掘り下げると

hip
(自分を)熱狂させる

みたいな意味があり

つまり

[意味]
お前のそれは
オレを熱狂させる!

[口語]
イケてる!

になったとかなんとか。

で、hipが
人を表す表現になり
Hippie となったそう。

彼らの本格的出現は
1960年代アメリカでのこと。

第2次世界大戦が
終わったのが1945年。

まだまだ若かった
アメリカという国は
第2次世界大戦後
軍事、経済、技術で
世界トップクラスに
急成長しました。

多くの一般家庭が
テレビや冷蔵庫
車を持つようになり
※この辺は、日本も同じですね、笑。

1950年代の
アメリカの歴史は
振り返ってみた時に

1940年代や60年代と比べ
輝かしい時代とも
いわれています。

しかし実は
1960年代への布石が
コツコツと敷かれていたのも
1950年代でした。

近代化に伴い
法律や
社会的ルールが
かっちりし始め

白人男性以外の
社会的権力を持たない層が
自由を求めて
じわじわと主張を開始

かと思いきや

アメリカ国外では
ソ連との関係性の悪化。

そして、1960年代へ。

1960年代になると
第2次世界大戦を知らない
戦後生まれの若者が
思春期に突入し始めました。

彼らはテレビや
メディアや通信のお陰で

彼らの親世代の若い時代より
たくさんの物事を吸収し
同時に疑うことも
知っていました。
※この辺は現代でも同じですね、笑

見ていることは本当か
知っていることは本物か

そして1964年。

ベトナム戦争が勃発。

国の18~35歳の男子は
徴兵義務が課せられ

黒人たちは
公民権を求め
本格的に暴動を
起こし始めました。

全員が全員
そんな世の中が
イヤになったのかは
さておいて

同じくらいのタイミングに

サンフランシスコや
ロサンゼルス郊外で
文明を捨てて暮らす人が
集まり始めたようです。

どうやら
はっきりした始まりはなく

気付いたら
そういう人たちが居て!

気付いたら
集落になってた!

みたいなザックリ感。。。

それがヒッピーの始まり。


ベトナム戦争や公民権運動
学生運動とのリンクから

反戦や徴兵義務の放棄など
反社会的な行動が
取り上げられやすいですが

本当に彼らが目指したのは

”Back to Nature”

周りの環境や
自然を受け入れ
自然と共に
自分らしく生きること。

人間の文明発展の
歴史に対して
原点回帰でした。

・必要最低限以上の物を持たない

・自分を受け入れ、他人を否定しない

・自然なものを食べ、自然と共に暮らす


つまり

・シンプルライフ

・自分を好きになる

・生きやすい生き方を選び、身体に良いものを食べる



・・・・・・・ん?


これって現代にある
生き方のノウハウや
自己啓発と変わらない
価値観では?!と。

この頃の文化は
”カウンターカルチャー”
([それまでの文化に]対抗する文化)
と名づけられました。

他人を否定しない
という考えでしたが

無差別殺人
=非人道的な行為
という意味で

戦争や人種差別に
反対を表明していました。

自己の追求のために
ドラッグを使用し

未開のアジアや
第三世界への憧れを抱き
没頭し

俗世を捨てて
自由に放浪し

人類レベルの愛と謳い
不特定多数の
性愛関係を持ち

といった

現代のモラルでは
受け入れがたい感覚の
行動を取っていたため

反社会的なイメージが
先走りかもしれませんが

じわじわ
人間の本質を突いてくる
ヒッピーの人たちの考え方。

今(に限らずですが)流行の
自己啓発や精神哲学の
始まりのような彼らの存在。


次回は彼らが目指した
”自己のあり方”
について
書こうと思います。

それでは
次回のテーマトークも
どうぞお楽しみに!


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【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?

・1960年代アメリカ映画紹介

・ヒッピーの遺した名言!

・ヒッピーだったアーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事

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