【特集:1960年代の黒人さんたちの底力!】 1960年代の黒人公民権運動①Sit in


9/23 & 9/24
第8回公演 HAIR!

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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代の黒人さんたちの底力!

です。


こんにちは!^^
今回の9月の本公演"HAIR!"で、黒人さんに憧れる白人の女の子 Crissyを演じます。

今日は、Crissyが興味津々な、1960年代の黒人公民権運動について、紹介したいと思います☆

そもそも、黒人(Black)の置かれていた社会的状況とはどのようなものだったのでしょうか?

少し歴史をさかのぼってみましょう。

南北戦争中の1862年9月にリンカーン大統領によって行われた奴隷解放宣言で、
南部プランテーション農園を中心に奴隷として働いていた黒人たちは、
自由(奴隷身分からの解放と選挙権)を手にしたかに思えました。

しかし、南北戦争が終わり、南部の再建政策が進められる中で、
安い労働力としての黒人を確保するため、
北部と南部の間に妥協的雰囲気(黒人を白人から切り離し、白人よりも低い位置に押しとどめること)が認められるようになります。

そんな時代背景の中、1890年から20世紀初頭にかけて、南部で黒人取締法が制定されます。
内容としては、黒人の選挙権の実質的はく奪、土地所有の制限、
人種間の結婚禁止、武器の所持や夜間外出の禁止、陪審員になれないなど。。

さらに、交通機関や学校、レストラン、娯楽施設などにおける人種差別と隔離を認める州法が法制化されていきました。
「隔離はしても平等」 ”separate but equal” / 黒人を白人から隔離しても施設が平等であれば憲法違反ではないという、
連邦最高裁判所の判決によってもこの状況が肯定されました。

また、南部だけではなく、北部の都市部で工場労働に携わる黒人たちも、差別待遇を受けていました。
彼らの賃金は安く、住居もゲットーと呼ばれる隔離された貧民街の一区域での居住に限定されていました。

このような人種差別に反対する運動は、
古く独立戦争時代から行われていましたが、
第二次世界大戦の始まりとともに、国民総動員体制を目指す連邦政府の目論見や、
黒人からの強い圧力を受けて、
各州は人種差別撤廃に向けて、制度改革を進めていきました。

それでは、黒人はどのような方法によって、人種差別撤廃を訴えたのでしょうか?
今回は、1950~60年に行われた、非暴力運動を紹介します。

例えば、バスの座席で「白人席」、「黒人席」が決まっており、黒人は白人席には座れないこと、
または白人が来た時には席を譲ることが求められていました。
これに対して、ローザ・パークスという女性が、
白人に席を譲ることを拒否して逮捕されてしまいます。
この事態に抗議するために、全市の黒人をあげてバスの乗車拒否運動を1年間続けて行い、
連邦政府から「バスの人種隔離は違憲」とする判決を勝ち取りました。

また、飲食店などでも、「黒人の注文お断り」という対応に反発するために、
4人の黒人学生が白人専用ランチ・カウンターで、座り込み(Sit in)を毎日繰り返し行いました。
Sit inは、約7万人の黒人学生と白人学生による運動として、
人種差別をしているあらゆる場所で行われ、人種差別の廃止を勝ち取っていきました。


公民権運動は、強力なリーダーシップをもつ偉人が先導していたのかと思っていましたが、
私たちと同じ普通の人々の勇敢な行動によって、
権利が勝ち取られていったことを知りました。
人種とは、平等とは、権利とは何なのか。
これからも考えていきたい問題です。

とっても長くなってしまいましたが、今回はここまで!
HAIR! と1960年代に会いに、ぜひ劇場までお越しください^^





【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
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公演情報 | 2017/08/11 22:30