【特集:60年代アメリカで起こった歴史的出来事】 米国混乱の60年代ビッグイベント Vol.1


9/23 & 9/24
第8回公演 HAIR!

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ミュージカル 劇 北摂







1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事

です。


今回は、HAIR!の舞台が1968~69年のアメリカ・ニューヨーク、ということで・・・当時の社会的な出来事をご紹介させていただきます。題して・・・「混乱の60年代ビッグイベント第1弾!」

さて、今回の第1弾で取り上げるのは、学生によるベトナム戦争の反戦運動。HAIR!本編では主人公たちも、反戦デモに参加するシーンがあります。同戦争は、HAIR!全編を通して登場人物たちに影を落とす、大きな存在なのです。

ベトナム戦争については、詳しくご存知の方もいらっしゃると思いますが、念のため、概要をご紹介させていただきます。
1960年当初、国統一の主導権をめぐってベトナムの南部と北部が争っていました。北部を支援するロシアの共産制がアジアのほかの国々にも広がることを危惧したアメリカは、南部の政府に協力し、とうとう1965年、北部を爆撃してしまいます。これを封切りにベトナム戦争が始まり(諸説あり!)当時のアメリカのジョンソン大統領は、積極的に現地に兵を送り込みました。当初はアメリカ国内で「正義の戦い(だから絶対勝てる!)」として国民の支持を得ていましたが、ベトナム解放軍のゲリラ戦術に苦しみ、68年頃から形成は逆転し、戦争は長期化します。すでに国内では反戦派が増えていたにも関わらず、アメリカ政府はベトナムからの撤退を決断することができず、それどころか70年以降にはカンボジアやラオスにも空爆を加えました。73年にようやくアメリカ軍のベトナム撤退が開始されましたが、最後までベトナム首都のサイゴンを統治下に置くことをあきらめきれず、戦争の終結は75年まで持ち越されました。しかも結果は敗北・・・。

開戦当初、誰がこんな結果を予想できたでしょうか。
「正義の戦い」という政府のプロパガンダが功を奏したこともあり、当時はまだ反戦の声はわずかだったようです。
それでも、その少数派の中で真っ先に立ち上がったのが、大学生です。
1965年にミシガン大学で行なわれた「ティーチ・イン(Teach-in)」と呼ばれる反戦集会が、前年にカリフォルニア大学バークレー校で始まった学生への規制に対する抗議運動と結びつき、反戦運動は学生の間で広まっていきました。こうして、1967年ごろには全国の大学にまで広がり、68年にはコロンビア大学やハーヴァード大学でも学生が校舎を占拠するなどの過激な運動が展開されました。

世論が大きく動いたのはこの68年、当時ちょうど普及し始めたカラーテレビにより、ベトナムでのゲリラ戦の悲惨な様子が伝えられると、アメリカ国内でベトナム戦争に反対する意見が増えていきました。
これまでの反対派の多くは学歴の高い人が多く、ベトナム戦争が利己的な目的のための戦争だ、という理由が多かったようですが、以降は、そんな危険な戦地に家族を送るなんて!という理由が加わり、一気に反対派が増えたようです。

さて、HAIR!に出てくるヒッピーたちも例に漏れず、ベトナム戦争反対を掲げています。同じ意見でも、それぞれがどんな想いや、どんな理由に突き動かされているのか…もしかしたら、垣間見えるかもしれません!乞うご期待!



【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち
①改めて、Diana Rossを紹介したい

・ヒッピーの聖地「インド」について
①①インドってどんな国?

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!
①Hippie☆style その①

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
公演情報 | 2017/08/16 20:00

【特集:ヒッピーの聖地「インド」について】 インドってどんな国?


9/23 & 9/24
第8回公演 HAIR!

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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・ヒッピーの聖地「インド」について

です。


ヒッピーたちの憧れるインドについて書かせていただきます。
皆さんは、インドをどのような国だと思いますか?
私はですね、、、小学生の頃、深夜特急というドラマで何となく海外に興味を持っていたのですがその中でガンジス川を見た時の衝撃が印象的ですね。
川で体を洗う人、食器を洗う人、洗濯する人、牛の水浴び・・・死体を清めるための川でもあり、幼い私は汚い・・・!と感じていたのを覚えています。
川の付近では学校に行かず生活するために同じくらいの年齢の子が一生懸命観光客に高い値段でものを売ったり、自分の生活とは程遠い世界に同じ地球なのかと疑問を抱き絶対に私には行けない場所であり無縁の場所だと感じていました。
しかし、その感情があまりにも強く印象として残りいつしか夢の国というくくりになっていました。大人になった時いつか深夜特急みたいにふらふら自分の足で地球を感じて何も考えず感じたまま旅をして、その空気を感じてみたい、触れてみたいきっかけとなったのがインドです。

ある意味ヒッピーたちと一緒でインドという国にあこがれを持っていました。
では、そこでヒッピーたちはなぜインドに憧れていたのでしょうか?

 ヒッピー文化初期は薬物による高揚や覚醒や悟りから出発し、ヒッピー共同体が発生していました。
若者を中心に爆発的な人気を誇ったビートルズによるインド巡礼やマリファナやLSDを使用した精神解放等により全米・そして世界へとそのムーブメントは広まっていくことになっていったようです。
つまり彼らは、音楽、ドラッグ、禅や道教による心の解放を目指していたそうです。
ヒッピーの求めるものがインドのヒンドゥ教に近かったのと、その時人気絶頂のビートルズがインド巡礼を行ったことによりインドへの考え方が広まった模様です。

そこで気になるのがヒンドゥ教。何がどう近かったのか!?
そもそも、なぜインドからヒンドゥ教につなげたかというと、インドは宗教を中心に回っている国といっても過言ではないからです。
そのためにもまずヒンドゥ教とは何かをざっくり説明させていただきます。

まず、ヒンドゥ教の神様!
多神教であり、特定の開祖をもたず、その起源も明確ではなく、自然に形成されたもので、宗教的な観念や儀礼と融合した社会習慣的性格を多くにもつ・・・らしい。
とーっても砕いて説明すると、ヒンドゥ教の中にもたくさんの宗派があって多くの神様がいる。
イスラム教やユダヤ教、キリスト教は神様は絶対的に1人なのに対して
ヒンドゥー教や仏教はたくさんいる!
そんなイメージでいいと思います。大黒様もヒンドゥ教なんですって!
絶対的神がいるわけではないので宗教戦争には発展しにくく平和的ですね。

そして、ヒンドゥは輪廻転生の思想も持っています。
輪廻はインドにおいてサンサーラと呼ばれています。
サンサーラとは生き物が死して後、生前の行為(カルマ)の結果次の多様な生存となって生まれ変わることです。
インドの思想では、限りなく生と死を繰り返す輪廻の生存を苦と見て、2度と再生を繰り返すことのない解脱(モクシャ)を最高と理想としているそうです。
モクシャとは、かなり簡単に説明するとすべての束縛から解放すること。
生きる苦しみを解き放ち天国に行こうという感じのようです。
モクシャの行為としては、瞑想やヨーガ、呼吸法が代表例のようです。
ヨガはダイエットや健康目的で現代の日本は広まっていますが、もともとは修行だったのですね!
修行というとあまりイメージわかなかったのですが最近の片岡鶴太郎さんを思い出しますね。
この、カルマ・・・輪廻という考え方は現代のインド人の生活の中心でもあります。
葬儀では、ガンジス川のほとりで火葬して、煙とともに魂は天に上るということが儀式です。

ここでガンジス川がやっと出てきました!
なぜ、ガンジス川なのか?普通の川ではないのか...,
もとは天界を流れていた聖なる川が、人々の祈りによって地上を流れるようになり、その巨大さで地上を壊さぬようにシヴァ神が受け止めてくれているとされます。
シヴァ神の頭から水が流れ出る様子が描かれるのはそのためで、ガンジス川自体もガンガーという女神とみなされます。
つまり、川そのものが神!
ガンガーを流れる水は「聖なる水」とされ、沐浴をすればすべての罪を清め、死後の遺灰をガンガーに流せば輪廻からの解脱が得られると信じられています。
沐浴すると、すべての罪を洗い流してくれるガンジス川。
一時期私はFiji留学していたのですがホストファミリーがインド人のヒンドゥ教徒でした。やはり、そこでも死ぬまでにガンジス川に1度はいきたいと夢見ていました。
国外からも信仰で訪れることを夢見ている姿にびっくりした記憶があります。
また、今年ガンジス川にも行ったのですが自分の住んでいる地域から何百キロも離れたガンジス川に何日もかけて歩いて向かう集団にも会いました。
巡礼の儀式でもあるため裸足で向かう人々の足裏は真っ赤で流血しているひとや足を引きずりながら人々と支えあい歩く人々、、身をボロボロにしながらも聖なる川を求め修行のように歩いている人々の姿を見たときガンジス川の偉大さと宗教色を濃く見た瞬間でした。
夢にまで見たインドに行ったのですが仕事の合間のお休み1週間で無謀な計画でほとんど移動という過酷な旅になり、また無計画でインド突入してしまったのでぼったくられたりとインドならではの洗礼も受けました。
けれど、ガンジス川を見たとき、インドに来てよかったと心から思ったことともう一度行きたいという思いが自然と湧き出てきました。
緩やかに流れる時間や、インド人の優しさと鋭さが入り混じり、修行僧が瞑想していたり、熱心なヒンドゥ教の唱えが聞こえてきたり、かと思えば床屋さんが外で営んでいたり、そのすぐそこでは火葬していたり、病院・・マザーテレサハウスがあったり・・・一つの川で生と死が常に身近にあり自分が今ここで生きているんだ!と肌で感じることができるからかもしれません。

ヒッピーたちも今を生きているということを肌身で感じながら自国が戦争であり徴兵され死ぬかもしれないという現実を受け止めなければならない時代でした。

そういう時代だからこそ死ぬこと、生きること、何のために自分たちは生きているのか、と自分と向き合うことが多く自発的に行動に移していく姿が多くみられたのではないでしょうか?





【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち
①改めて、Diana Rossを紹介したい

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
公演情報 | 2017/08/13 19:00

【特集:1960年代アメリカで活躍していたディーバたち】 改めて、Diana Rossを紹介したい


9/23 & 9/24
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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

です。


60年代の文化を知ろうシリーズ!(?)

私の担当は、

「60年代にアメリカで活躍していた黒人女性歌手TOP3」

今回は1人目のご紹介。
どなたをご紹介しようかしら?と
頭の中を検索して、1番に登場したのがこの方!

当時はグループで活動されていましたけどね。



でも、グループと言ってもリードだったし、
一人めっちゃ目立ってたし、
なんなら途中で「彼女とグループ」なんて名前に変わったし。

70年にはソロ活動も始めてますし。

ウィキペディアでは

・アメリカでもっとも成功した黒人女性歌手の一人
・ブラックミュージック界の大御所

と称されていました。


黒人女性の歌というと、
ソウルフルでパンチとパワーがあるイメージの中、
ソフトで耳に心地よい軽いサウンドで人気を博しました。

そう。
この辺は、彼女が在籍したグループをモデルにしたと言われる
ミュージカル「Dreamgirls」の中で描かれていますね。
映画では彼女と模したと思われる役をビヨンセが演じていて、
日本でもファンが多いミュージカル作品です。

あ、ミュージカルと言えば、
「the Wiz」という「オズの魔法使い」のミュージカル映画で
主役のドロシーを彼女が演じてます。



上の動画では1:53から走馬燈のようにいろんなキャラクターが出てきますが、
カカシ役はあのマイケル・ジャクソン!
劇中ではキレッキレのダンスを披露しているので
興味がある方は一見の価値ありです!


さて、1959年にデビューした彼女ですが、
2017年現在も現役です。

下のこの動画はYouTubeで見つけたもので
手ぶれ具合から公式発表のものではなさそうですが
1時間以上に渡って今年の彼女のコンサートが楽しめます。



今年73歳(!)とのことですが、
相変わらずの華やかさとオーラを纏って
パフォーマンスする姿はさすがの一言。

おちゃめな動きもたくさんあって
歌を、ステージを楽しんでいる様子が
ひしひしと伝わってきます。


そんな彼女が、
「HAIR!」の時代にどんな曲を歌っていたかというとこんな曲。
Diana Ross and The Supremes時代。



タイトルのLove Childとは「私生児」のこと。

惚れた腫れたのラブソングではなく、かなり社会派な歌で、
ヒッピー文化とはまた違った当時の「リアル」を知れる一曲です。


今回の60年代紹介記事。
いかがでしたでしょうか?

動画も入れながらになったので、
全部ご覧になった方は1時間半くらい経っているのでは?

次回の黒人女性歌手の紹介は
「HAIR!」の登場人物と同じ名前の方にしようと計画中!

他のメンバーの記事も当時の時代背景が知れて、
「HAIR!」の世界を何倍も楽しめる内容なっているので
是非読んでみてくださいね♪





【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!
①1960年代の黒人公民権運動①Sit in

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
公演情報 | 2017/08/12 20:00

【特集:1960年代の黒人さんたちの底力!】 1960年代の黒人公民権運動①Sit in


9/23 & 9/24
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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・1960年代の黒人さんたちの底力!

です。


こんにちは!^^
今回の9月の本公演"HAIR!"で、黒人さんに憧れる白人の女の子 Crissyを演じます。

今日は、Crissyが興味津々な、1960年代の黒人公民権運動について、紹介したいと思います☆

そもそも、黒人(Black)の置かれていた社会的状況とはどのようなものだったのでしょうか?

少し歴史をさかのぼってみましょう。

南北戦争中の1862年9月にリンカーン大統領によって行われた奴隷解放宣言で、
南部プランテーション農園を中心に奴隷として働いていた黒人たちは、
自由(奴隷身分からの解放と選挙権)を手にしたかに思えました。

しかし、南北戦争が終わり、南部の再建政策が進められる中で、
安い労働力としての黒人を確保するため、
北部と南部の間に妥協的雰囲気(黒人を白人から切り離し、白人よりも低い位置に押しとどめること)が認められるようになります。

そんな時代背景の中、1890年から20世紀初頭にかけて、南部で黒人取締法が制定されます。
内容としては、黒人の選挙権の実質的はく奪、土地所有の制限、
人種間の結婚禁止、武器の所持や夜間外出の禁止、陪審員になれないなど。。

さらに、交通機関や学校、レストラン、娯楽施設などにおける人種差別と隔離を認める州法が法制化されていきました。
「隔離はしても平等」 ”separate but equal” / 黒人を白人から隔離しても施設が平等であれば憲法違反ではないという、
連邦最高裁判所の判決によってもこの状況が肯定されました。

また、南部だけではなく、北部の都市部で工場労働に携わる黒人たちも、差別待遇を受けていました。
彼らの賃金は安く、住居もゲットーと呼ばれる隔離された貧民街の一区域での居住に限定されていました。

このような人種差別に反対する運動は、
古く独立戦争時代から行われていましたが、
第二次世界大戦の始まりとともに、国民総動員体制を目指す連邦政府の目論見や、
黒人からの強い圧力を受けて、
各州は人種差別撤廃に向けて、制度改革を進めていきました。

それでは、黒人はどのような方法によって、人種差別撤廃を訴えたのでしょうか?
今回は、1950~60年に行われた、非暴力運動を紹介します。

例えば、バスの座席で「白人席」、「黒人席」が決まっており、黒人は白人席には座れないこと、
または白人が来た時には席を譲ることが求められていました。
これに対して、ローザ・パークスという女性が、
白人に席を譲ることを拒否して逮捕されてしまいます。
この事態に抗議するために、全市の黒人をあげてバスの乗車拒否運動を1年間続けて行い、
連邦政府から「バスの人種隔離は違憲」とする判決を勝ち取りました。

また、飲食店などでも、「黒人の注文お断り」という対応に反発するために、
4人の黒人学生が白人専用ランチ・カウンターで、座り込み(Sit in)を毎日繰り返し行いました。
Sit inは、約7万人の黒人学生と白人学生による運動として、
人種差別をしているあらゆる場所で行われ、人種差別の廃止を勝ち取っていきました。


公民権運動は、強力なリーダーシップをもつ偉人が先導していたのかと思っていましたが、
私たちと同じ普通の人々の勇敢な行動によって、
権利が勝ち取られていったことを知りました。
人種とは、平等とは、権利とは何なのか。
これからも考えていきたい問題です。

とっても長くなってしまいましたが、今回はここまで!
HAIR! と1960年代に会いに、ぜひ劇場までお越しください^^





【特集】テーマトーク内容はこちら

・ヒッピーって何?どういう考えを持った人たち?
①ヒッピーって何者!? vol.1

・1960年代アメリカ映画紹介
①走る若人に悔いはなし

・ヒッピーの遺した名言!
①Power to the People!!!

・ヒッピーだったアーティスト
①当時ヒッピーだった有名アーティスト

・1960年代の黒人さんたちの底力!

・1960年代アメリカで活躍していたディーバたち

・ヒッピーの聖地「インド」について

・ヒッピーファッションアイテムと言えばこれ!

・1960年代にアメリカで起こった歴史的な出来事
公演情報 | 2017/08/11 22:30

【特集:ヒッピーたちの残した名言】 Power to the People!!!


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1960年代のあれこれ!
ヒッピーたちのあれこれ!


本日のテーマは

・ヒッピーの遺した名言!

です。


こんにちは♪

9月の本公演「Hair!」の舞台である1960年代のヒッピームーブメントに関連して、

今回は私の演じるキャラクターの台詞にもある、ヒッピーの名言について紹介したいと思います。



第1弾は“Power to the People”

日本語では「人々に力を」、「民衆に力を」、「人民に権力を」などと訳されることが多いですが、その言葉通り“革命”の代名詞として使われていたスローガンです。



そもそもヒッピーたちは、伝統的な社会や制度に縛られた生活を否定していました。

その思想が、ベトナム戦争への反戦運動、徴兵拒否の活動へとつながり、

自然と平和と愛と自由を愛し、人間として自由に生きることを主張するようになりました。



不満を持った若者たちが、自由に生きるために社会に反抗し、自分たちの理想のために行動を起こすときの合言葉が“Power to the People!”でした。



社会を変えるためには、実際に行動にうつさなければいけない。

社会を動かす力を持っているのは、国家ではなく、その国にいる私たちなんだ!というメッセージが込められているように思います。



と、ここまで難しいことをいいましたが、

つまりは、思春期の子どもが親に反発するのと似ているのかなぁと思います。



漠然とした将来への不安、親や学校、社会への反発・・・



誰もが一度は経験したのではないでしょうか。


家や学校に縛られる人生になんとなく嫌気がさし、反抗し、自由を求めて新しい世界を求めていく姿は、

時代背景が異なるものの、ヒッピーたちの自分たちの理想を求めて社会に反抗する姿と重なります。




ちなみに、1971年にジョン・レノンが“Power to the People”という曲を発表しています。

革命をテーマに、改善を求めるのなら実際に行動に移せというメッセージ性が強い歌です。

労働者階級や女性の人権の改善に向かって立ち上がれという歌詞で、直接反戦には触れていませんが、

ひとりひとりが団結して社会を変えていこうというメッセージは、ヒッピーの思想に通じるところがありますね。




現在でも、企業や支援活動の理念として掲げられていることも多く、

新しい未来への可能性を感じさせる、パワフルな言葉ですね!



私たちも個々の力を合わせて、素敵な舞台を作りあげられるように、全力で公演まで突っ走っていきたいと思います!





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